5月15日(日)男女テニス部インターハイ予選(団体戦)

5月15日(日)、高体連主催の東京都高等学校テニス選手権大会(団体の部)が開催されました。ダブルス1本、シングルス2本の合計3本で勝敗を決める大会です。男子テニス部は顧問の私(車田)、女子テニス部は顧問の古舘先生からの報告です。なお、この大会の敗退を受けて、3年生は引退となります。今まで部を引っ張ってくれた3年生、ありがとう。

【男子テニス部】

1回戦は朋優学院高校のはずでしたが、相手校が棄権したため、不戦勝で2回戦に進出しました。

2回戦の対戦相手は小平高校。ダブルスは2年生の山口/山本ペアが出場しました。しかし相手サーブのリターンに苦しみ、0-6で敗れました。

シングルス1は、両高校のエース対決です。見ごたえのある試合展開になりましたが、3年生の今野が次第に相手選手の両手打ちフォアに押されてしまい、最終的に2-6で敗れました。

最後のシングルス2は、3年生の山口。サウスポー特有の回転がかかったサービスでポイントを奪いましたが、相手選手のリターンに苦しみ、2-6で敗れました。

通算0-3の2回戦敗退で終わりましたが、2年生の2人は今後に向けて、決意を新たにしたようです。 なお、試合会場の近くに住む有賀先生が、試合後、合流してくださり、選手たちを労ってくれました。日曜日でしたが、ありがとうございました!(写真は順に3年生今野・3年生山口・2年生山本・3年生山口)

【女子テニス部】

対戦相手は東京農業大学第一高等学校でした。 ダブルスには内田(3年)・小早川(2年)のペアが出場しました。極度の緊張から足が動かずボールに追いつかない、決まったと思った球を相手が返球してきて逆にポイントを取られてしまうなど、反省の多い試合となりました。結果は0-6でした。

シングルス1には渡邊(2年)が出場しました。「緊張する」と話しながらも、落ち着いて返球判断ができているように感じました。デュースになることが多く、体力戦になりましたが、6-2で勝利し、シングルス2に繋げてくれました。

シングルス2には小田部(2年)が出場しました。0-6という試合結果で、結果だけをみると、力の差が大きかったように感じますが、ポイントでは競っているゲームもありました。良く走り、粘りの見られる試合運びであったと思います。

最終的に農大一高が2勝し、本校は初戦敗退となりました。同行してくれたテニス部の学生コーチからは「今後は男子と練習することで強いボールに対応する力を付けることも必要」との話を受けました。試験明けから実践していきたいと思います。

5月14日(土)3年柏集中体育

今年度最初の柏集中体育でした。今日は3年生です。

この学年は入学以来、驚くことに、全ての柏集中体育が天気に恵まれています。従って今日は、初めて雨の中、柏市にある本校専用の人工芝グラウンドに向かいました。このような荒天時は、姉妹校である柏中高の広い体育館をお借りします。

6月に体育大会があるので、その練習です。リレー、大縄跳び、ピンポン球リレーなど、コロナ禍に応じた種目の予行演習です。リレーでは、バトンの受け渡しを念入りに確認していました。3年生のある男子生徒は、「最後だから絶対に勝ちたいです!」と意気込みを語ってくれました。

今、各クラスでは、体育委員を中心に、応援団旗やクラスTシャツを準備しています。それらは完成次第、ブログにてご紹介します。

今日の担当も、入試広報部の車田でした。

5月13日(金)GW中の部活動

先日のGWの期間も、多くの部活が活動していました。以下、剣道部顧問の野木先生、ギター部顧問の戸張先生、男子バレーボール部顧問の楯岡先生からです。

【剣道部】

5月7日(土)関東高等学校剣道大会個人の部東京都予選(女子)に、本校から3年の三木、2年の浅野の2名が参加しました。この個人戦に参加できるのは、団体戦のベスト64以上に勝ち残ったチームの代表選手です。本校はベスト32まで勝ち上がったので2名の参加となります。個人戦の参加者数は、東京都全体で128名です。

3年の三木は1回戦、吉祥女子高校の選手に2本勝ち、2回戦は都立富士の選手に2本負けでした。2年の浅野は、1回戦広尾学園の選手に2本負けとなりました。

来週5月15日には、インターハイ予選(男女団体、個人)が行われます。3年生にとっては、最後の大会となります。これまでの稽古の成果を発揮し、再び都大会に進めるよう生徒たちに期待しています。

【ギター部】

5月8日(日曜) 中洲記念講堂をお借りして「2022 ギター部 新入生歓迎 部内発表会」を実施しました。明るく元気な部員が多いギター部に新入部員10名迎え、総部員数は29名となりました。

自分たちの好きな音楽を介して学校を盛り上げる活動を行なってまいります。新入生と触れ合うことを通じて演奏や行動、立ち振る舞いに上級生の自覚を垣間見る一日となりました。 公式戦やコンクール等に出場しない部ではありますが、学校生活と音楽活動をリンクさせて自立・自律、努力は無限、考動力を実践する場にして参ります。

【男子バレーボール部】

〈2022年4月24日:関東大会東京都予選(明治大学明治高校)〉

1回戦は都立竹台高校です。相手選手はレーボールが大好きで、1人1人の選手は視野が広く、状況判断も早く、プレーの成熟度は高いレベルでした。チャンスボールが帰ってくると分かっていても、正確に判断して、声を掛け合って、万全の準備をするようにと伝えました。本校はサーブミスも少なく、集中してサーブ権をキープし続けました。スコアは、第1セット二松学舎25ー13竹台・第2セット二松学舎25ー18竹台、でした。

2回戦は明治大学明治高校で、昨年度、関東大会に出場を果たしているチームです。1セット目は、相手のエースがエンド・サイドラインに鋭く打ち込んでくるアタックに対応出来ず、1回ローテーションを回すので精一杯でした。2セット目は、「2回ローテーションを回せるようにしつこく粘って勉強して来い!」と伝え、試合に向かわせたました。相手のアタッカーのコースやタイミングにも合い始め、ブロックでワンタッチで繋ぐ場面も出てきたましたが、力およびませんでした。スコアは、第1セット二松学舎7ー25明治大学明治。第2セット二松学舎12ー25明治大学明治、でした。

〈2022年5月3日:MAKENAI CUP(都立葛西南高校)〉

関東大会の感触を受けて、さらにレベルアップした試合運び(気持ちの持ち方、声などの準備の仕方)を目指しましたが、上手く修正できず、全敗に終わりました。スコアは、葛西南B25ー18二松学舎・大東文化第一25ー19二松学舎・目黒日大25ー15二松学舎、深川B25ー16二松学舎、でした。

5月12日(木)中洲忌

今日、5月12日は中洲忌、すなわち二松学舎の創立者である三島中洲先生(1831~1919年)の命日です。

中洲先生は現在の岡山県に生まれ、1877年10月10日、現在の大学1号館のある地に、漢学塾二松学舎を創設しました。

毎朝晩、塾生たちに漢学を講じていたといわれています。その中から、やがて夏目漱石、中江兆民、平塚らいてう、犬養毅など、日本近現代史に足跡を残した有為の人材を輩出していきます。

中洲先生は二松学舎での教育の傍ら、東京大学教授、東宮侍講(のちの大正天皇の家庭教師)などを歴任するなど、著名な漢学者としても知られていました。

そして後、「義利合一論」(利他的に行動することが自利につながる)を通して、日本資本主義の父と呼ばれる渋沢栄一と交わり、自身の死後、彼に二松学舎の経営を託すことになります。

今日の担当も、入試広報部の車田でした。

【写真1:中洲先生の肖像画】 【写真2:犬養毅(国会図書館提供)】

5月10日(火)学校周辺の紹介ーその2ー

北の丸公園の次は、左手に千鳥ヶ淵が見えます。2020年東京オリンピックに合わせて、この周辺が公園として整備されました。今日は、ここにある3つの建造物を紹介します。

1つ目が、高燈籠(常燈明台)です。これは1871年、現在地とは反対側に建てられました。その当時、品川沖からの目印になっていました。1930年に現在地に移設され、現在に至ります。歩道橋がすぐ側にあるので、そこから眺められてはいかがでしょうか。

2つ目が、直立の品川弥二郎像です。長州藩出身の品川は、第1次松方正義内閣(1891〜1892)の内務大臣に就任し、1892年第2回総選挙での選挙干渉を引き起こします。

3つ目が、馬に乗る大山巌像です。薩摩藩出身の大山は、あの西郷隆盛の従兄弟に当たります。第1次伊藤博文内閣(1885〜1888)で初代陸軍大臣を務め、のちに元老となります。

九段下駅から通学する場合、この3つの建造物を左手に見ながら、毎日、登校することになります。5月21日(土)から、学校・授業見学会がはじまります。ぜひ、明治の歴史を肌で感じながら、本校にお越しください。

今日の担当も、入試広報部の車田でした。

【写真は順に高燈籠・品川像・大山像】